「街の法律家」が調停人になるまで

行政書士は、官公署に提出する書類や、契約書などの「権利義務に関する書類」の作成を主たる生業としてきました。
しかし、時代とともにその役割は「書類の作成」から「未然の紛争予防」、そして「主体的な紛争解決への関与(ADR)」へと大きく舵を切ることになります。
その参入の背景には、国の司法改革と、職域を守り広げようとした行政書士界の粘り強い足跡がありました。
1. 転換点となった「司法制度改革」
始まりは、2001(平成13)年に内閣の司法制度改革審議会が提出した意見書にあります。
当時の日本は、規制緩和によって「事前規制型」から「事後監視・救済型」の社会へと転換を進めていました。
これに伴い法的トラブルの急増が予想されましたが、裁判所だけではすべての紛争を迅速に処理しきれません。
そこで、時間と費用の重い裁判(訴訟)に代わる柔軟な選択肢として、「ADR(Alternative Dispute Resolution:裁判外紛争解決手続)」の基盤整備が国家的な急務となりました。
2. 2002年改正行政書士法による「代理権」の明記
国がADRの担い手(調停人など)として注目したのが、全国津々浦々にネットワークを持ち、国民にとって最も身近な専門職である行政書士や司法書士などの隣接法律専門職でした。
この流れを受け、2002(平成14)年施行の改正行政書士法において、行政書士の業務に「契約等に関する手続の代理」が明確に盛り込まれました。これにより、それまでの「頼まれた書類を代わりに書く」立場から、「当事者を代理して合意を形成する」立場への足がかりを得ました。
3. 2004年「ADR法」の誕生と民間参入の本格化
2004(平成16)年、ADRの基本法となる「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(ADR法)」が成立します(2007年施行)。
この法律の最大の目玉は、法務大臣の認証を受けることで、弁護士以外の民間団体でも一定の紛争解決業務(調停など)を適法に行えるようにした点です。
行政書士会はこのチャンスを捉え、全国各地に「行政書士ADRセンター」を立ち上げ、法務大臣認証の取得へと動きました。
4. 業際問題の葛藤を乗り越えて
しかし、参入への道は平坦ではありませんでした。弁護士法第72条(非弁活動の禁止)との兼ね合いから、行政書士がどこまでの紛争を扱えるのかという「業際(ぎょうさい)問題」が議論の的となったためです。
日本行政書士会連合会(日行連)は弁護士業界との激しい折衝を重ねました。その結果、行政書士ADRが扱う分野は、行政書士の知見がダイレクトに活きる特定の領域へと特化されていきました。
具体的には、以下のような「専門性が高く、かつ裁判沙汰にするには忍びない身近なトラブル」です。
・外国人の職場環境、教育環境に関するトラブル(入管業務の知見)
・愛護動物をめぐるトラブル
・自転車事故のトラブル
・賃貸住宅の敷金返還・原状回復トラブル
結び:予防司法の担い手としての未来
現在、所定の研修を修了した行政書士たちが、都道府県の行政書士会のADR機関で「調停人」として対話促進型の調停によって、数々の円満解決を導いています。
また、近年(2023年可決、2024年施行)のADR法改正では、認証ADRでの和解合意に裁判所の「執行決定」を得ることで、公正証書なしでも強制執行が可能になる「特定和解」の設立など、ADRの実効性はさらに強化されました。
単なる「書面作成」から、紛争を予防し、社会の痛みを未然に和らげる「紛争解決」へ。行政書士のADR参入の歴史は、国民のニーズに応えようとした専門職の進化の歴史と言えるでしょう。




